BIOGRAPHY
【LAMP EYE (ランプアイ)】
日本語ラップシーンに打ち立てられた金字塔であるヒップホップ・クラシック「証言」にて“証言1“を務めたRINO LATINAと、同曲のトラックを手がけたDJ YASによる最強デュオ=RINO & DJ YAS。’90年代前半にRINO、DJ YASにGAMAを加えた3人でLAMP EYEを結成し、日本のヒップホップ・シーン黎明期の中、「BLACK MONDAY」、「亜熱帯雨林」「鬼だまり」「雷おこし」など様々な伝説的イベントに主催及びメインアクトとして参加。’96年に日比谷野外音楽堂にて開催された日本初のヒップホップ・フェス「さんピンCAMP」にもLAMP EYEとして出演を果たしている。さらにYOU THE ROCK、TWIGYらと結成した雷家族(KAMINARI-KAZOKU)でもRINOとDJ YASは中核メンバーとして活躍し、’04年にはアルバム『330 More Answer No Question』をリリースした。それぞれソロ活動も積極的に行なっており、RINOはRINO LATINA II名義でこれまで2枚のソロアルバム『Carnival of Rino』、『Ⅱ (ザ・セカンド)』をリリース。一方、DJ YASは様々なアーティストのプロデュースを手がけながら、2枚のソロアルバム『ライト』、『Smoking Gun』やプロデューサー集団であるKEMURI PRODUCTIONSの一員としても作品を発表してきた。’09年にはRINO & DJ YAS名義でアルバム『Lamp Eye Flava』をリリース。不定期ながら全国各地でライブ活動する傍ら、雷として時には互いのソロとしての制作活動&ライブを毎年行っている。
【RINO LATINA (リノ・ラティーナ)】
日本人ラッパー初となる「FUJI ROCK FESTIVAL」への出演や、伝説のユニットLAMP EYE、カミナリのメンバーとして活躍。伝説的なフェスイベントとして、社会現象にまでなった「さんピンCAMP」への参加、証言1を務めるなど、国内HIP-HOPシーンにおける最重要MCのひとりである。1995年にRINO、DJ YAS、GAMAと結成され今となっては伝説とも言えるユニットLAMP EYEを経てソロ・ワークを開始。 深遠なるアンビエントからハードエッジなビートまで、さまざまなサウンドをバックに、豊富なヴォキャブラリーで独創的な世界感を創り上げる。国内だけの活動に留まらず、2008年8月にはキューバ政府より公式の招待を受け、同国で15年の歴史を誇る「ヒップホップ・フェスティバル・シンポジウム」に日本人アーティスト代表として初参加。また、米国の大物HIPHOPプロデューサーSKI BEATZがプロデュースした日米合作プロジェクト「24 HOUR KARATE SCHOOL JAPAN」の“24 BARS TO KILL”にANARCHY, RINO LATINA II, 漢, MACCHOで参加するなど、国際的にも高い評価を得ている。 また、この“24 BARS TO KILL”のPVは、「Amebreak AWARDS 2010」のBEST VIDEOSへ選出された。
【DJ YAS (ディージェイ ヤス)】
’90年代初頭よりサンプリングでの楽曲制作を開始し、独自のスタイルを確立。’95年にランプ・アイ(RINO LATINA Ⅱ,GAMA & DJ YAS)のDJ兼トラックメイカーとしてデビューし、’96年にジャパニーズ・ヒップホップ・クラシックとして名高い名曲「証言」のプロデュースを手がける。雷家族、ケムリ・プロダクションとしても活動する一方で、国内外の様々なアーティストのプロジェクトに参加し、膨大な数のプロデュース&リミックス作品を発表。ソロ名義では二枚のフル・アルバム『ライト』(’00年)、『Smoking Gun』(’05年)をリリースした他、Tommy Guerreroとの共作によるミニ・アルバム世に送り出している。『Angler Fish』やブレイクビーツアルバム等アナログのみの作品もその後は主にソロ活動を中心にランプ・アイとしての活動もする傍ら、2023年にはDJ QUIETSTORMと続けるヒップホップを基軸にしたDJアンダーグラウンドパーティー「TIGHT」が25周年を迎え渋谷club asiaを中心に全国ツアーを催した。現在も音好きが各地から集い夏冬の年2回club asiaで開催中。他レギュラーパーティーは「BARREL」at青山蜂、「PROTOPOP」at下北沢LIVEHAUSに参加している。